優先権とマナー

Report by イカじじい


1、いい歳こいてケンカしちゃった。

[ 『清水の舞台』の住人と『お立ち台』の住人]

 相模湾の某港に通称『清水の舞台』と呼ばれている、足場がよいことで人気の釣り場があります。
 わたしは、アルカディアの『○○チョ』というエギングの達人と知り合ったことがきっかけで、エギングの虜になりました。それからというもの、毎週のように『清水の舞台』に通うようになりました。(自宅から『清水の舞台』まで往復1万円ほどの交通費が掛かります。おかげで家計は火の車、○○チョ、私の人生返しておくれ)
 『清水の舞台』は人気があります。でもわたしはあまり好きではありません。なぜなら管理釣り場のように窮屈な思いを強いられるからです。ましてや釣法や対象魚が違えばなおのことです。


 というわけで、いつも『清水の舞台』よりも10mほど港の出口側に位置する『お立ち台』、とわたしが勝手に名付けた場所に入ります。ここは足場は良いが眼前にケーソンがたくさん沈んでおり、これにラインを取られラインブレイクしたり、取り込みの邪魔になったりというのが理由で(だと思う)比較的人が入っていないことが多いのと、狭くてひとり入ればそれで満員、左右直近に人に入られることもありません。弛んだラインがケーソンに引っ掛からぬよう注意さえしていれば、わたしにとってこれほど快適にアオリイカと遊べる場所は他にありません。

[もう我慢ならねぇ!]

 『清水の舞台』にいつも立っている中年の釣り人がいます。いつ来ても必ず見かけるのですから、きっとほとんど毎日いるのでしょう。(本人の口より確認済み、いわゆる「自称地元」)会話したことこそありませんでしたが、いわゆる『顔なじみ』でした。
 彼こそ問題の人物なのです。
 『顔なじみ』といってもあまり良い気持ちで彼を見ていたわけではありません。むしろ『無神経で失礼な人物』という印象でした。なぜならいつも彼は『清水の舞台』から海面に向かって左方、つまり港の出口に向かって天秤を遠投し、そのまま置き竿にするのです。
 『お立ち台』は『清水の舞台』より港の出口側に位置します。つまり、彼が先に『清水の舞台』にはいり、キャストすれば、『お立ち台』も、そしてさらに『お立ち台』より港の出口側のテトラの上も『キャストできない場所』になってしまうのです。彼のラインが眼前を横切っているのですから、キャストすればおまつりは必至です。結果として、彼はひとりで30m以上もの釣り場を占有していることになるのです。


 
 『先入者』というだけの理由で占有する領域をここまで拡げて良いのでしょうか?
 
周囲に誰もいないのならそれも良しとは思いますが。しかし、彼は隣に釣り竿を持った人が立とうが、一向にキャストする場所を変える素振りを見せません。それどころか、ときおり仕掛けを巻き上げては餌を付け替え、また同じところにキャストする始末です。多分まったく気付いていないのでしょう。
 彼が先に入っているときは、私も彼が竿を上げるのを待っているか、諦めて別の場所に移動します。わたしの目にはあまりにも彼が非常識な人間に見えて『すみません、ここでわたしもキャストしたいのですがいいですか?』と頭を下げて交渉しようという気持ちになれなかったからです。
 ある日、『お立ち台』でわたしがキャストしていると、彼が『清水の舞台』に入ってきて、私の前に平然とキャストしました。そして置き竿に。この時ばかりは、わたしも『これじゃ私のキャストできる場所がないでしょう、どけてくださいよ』とクレームをつけました。
 そしてくだんの日がやってきました。わたしはクルマから降り『お立ち台』に立ちました。すでに彼は『清水の舞台』に立っていました。そしてやはり置き竿を。わたしは『お立ち台』に座り、ラインをガイドに通して餌木を結びながら彼が気がつくのを待ちました。
彼はわたしと目を合わせながらも、知らぬふりです。


 私の中ではりつめていた糸が、プツリ、と切れました。
 私は、彼のところに駆けより、『てめえ、いつもいつも人の迷惑考えねえで、あんな方向に投げくさって、この野郎ふざけんなよ。てめえだけの釣り場かよ。俺が隣に立ったんだ、さっさと仕掛けをどけやがれ!』と口汚く彼を罵りました。
 彼も黙ってはいません。『俺の方が先にここに入っているのになんでどけなきゃならねえんだ。そこで投げたきゃ、チャンと断りに来い。後から来て偉そうに言うんじゃねえよ』 
『うるせえ、今日に始まったことじゃねえんだ。てめえ、いつもいつもじゃねえか。この間だっておめえに文句たれただろ。憶えてねえのかよ、このボケ!』とこんな具合。
 一時は、殴り合いになるのでは、というところまで行きました。

[『自分の正面』〜如何ともし難い見解の相違〜]

 すこし、落ち着きを取り戻したわたしは、こんこんといかに彼が周囲に対し配慮のない行為をしているのかを説きました。
 私の論理はこうです。
 釣り場では先にその場所に入った人に『暗黙の優先権』がある。だからあなたの今居る場所をどけ、とは釣り人同志では言わないし言えない。言えばその人間の方が批判される。しかし、その『暗黙の優先権』もその時その場所の状況、互いの釣法の違いなどにもよるが、極端に言えば、自分の立っている場所ぐらいのものである。


 岸に平行してキャストした上に置き竿にするということは、そのラインの幅の分だけ占有しているのと同じことになる。そこまでの権利は無いはずだ。少なくとも自分の正面にキャストしている限り誰も文句は言わないはずだ。
 あなたは、岸に平行にキャストしたうえに、隣に人が明らかに釣りをする目的のために入っても、何らの配慮も無くそのまま置き竿にしておくことがそもそものトラブルの原因である。


 これに対し、彼の論理は以下の通りである。
 私はこの場所から港出口付近にある根掛かりをしない好ポイントを攻めたくて、早くからここに来て、この場所を取っているのだ。誰に文句を言われる筋合いでもない。
 私にとっての『自分の正面』とは港の出口方向のことだ。(沖方面という意味だと思う)言われなくても私は正面に投げている。
 もしどうしても私の横で釣りたければ、礼儀正しく一言断ればいいことだ。そうしたらどけてやらないでもない。しかし、さっきのような言い方をされれば、売り言葉に買い言葉。素直に『はい』といえるわけがない、というもの。

[私のさらなる反論は以下の通り]

 あなたの言う『自分の正面』の定義は明らかに間違っている。詭弁だ。砂浜などでなら正しいとも思うが、沖に向かってまっすぐに伸びる防波堤の付け根にポジションをとり、『沖はこちらだから』と防波堤に平行にキャストされたら、誰も納得しないだろう。あなたもその人より沖の場所にポジションを取っていたら黙ってはいないはずだ。この場所もそれと同じだ。この場所での『自分の正面』とは、この場所と直角方向の海面のことだ。どうしても港出口にキャストしたいのなら、そのポイントに正対する場所に行ってキャストすればいい。そうすれば、だれも文句を言う人はいないはずだ。


 罵るようないい方をしたことに対しては、自分でも大人気無かったと思うし反省もしているが、初めてのことではなく、いつもあなたにいやな思いをさせられていたこちらの気持ちもわかってほしい。これは、私だけではないはずだ。

[彼のさらなる反論は以下の通り]

 なぜわざわざ早くから来ているのに、あえてこの場所より居心地の悪い場所にポジションを取らなければならないのか?絶対納得できない。
 結局こちらが何を言おうが、結局『人より先に来たのだから』というところに戻ってしまう。彼の行為の正当性を支えるものは『先入者』ということ以外に何もないことが良くわかった。

 しかし、さっきまで罵り合いをしていた相手に何を言われようが聞く耳を持ちたく無いという気持ちも判らなくもないが、私に言わせればあまりにも幼稚な論理と態度、閉口した。

[打算の上の和解]

 私は今後もこの場所でエギングがしたい。このままでは今回のことが原因で私だけでなく私の仲間にも迷惑をかけてしまう。だから、出来ることなら遺恨を残さずこの場を納めたい、という思いからその後は罵るような言い方をしたことだけをひたすら詫び、今後も仲良くこの釣り場を共有しましょうと提案した。彼もこれには賛同してくれた。

2、反省

 やはりどんなに腹が立ったからといって、今回の私のような対応ではケンカにしかならない、良い結果は生まれない。大人気ない自分が情けない、と思っております。

以上長くなってしまいました。もちろん私の言い分だけでは正当なジャッジは出来ないと思いますが、皆さんはどのように感じられましたか? ご意見、ご叱責を容赦無くぶつけていただければ幸いです。今後も皆が良い気持ちで釣り場を守り、共有し、そして楽しい想い出を自宅に持って帰れるように。

最後に、途中からこの場に居合わせ、仲裁に入っていただいた、K−チャンさんにこの場を借りて、改めて御礼申し上げます。